scene 17     珈琲店で一時を    
       
       
カロン
ゆったりとカウベルが来客を告げ
「いらっしゃいませ」
穏やかな声がカウンターから聞こえ出る。
ほんの一時、低く流れるピアノソナタを押し隠した夏の音、
蝉時雨と熱を含んだ空気がドアが閉まるのと共に遮断されると
店内の音はまた、同じように続き始める。
季節は長く続く夏の盛り。
寒い時期であればもう暮れ始めるこの時間も
まだ依然として陽は高い。
天気予報は暫くは暑さが続くと、もうだいぶ前から言っていて。
学生達も休みの時期、往来の音もドアが閉まれば殆ど聞こえては来ない。
天井のファンは静かに回り、
サイフォンがコポコポとやわらかな音を立てる。
カウンターに腰掛けてほっと一息ついてしまうのは
暑い中を過ごして来たから、だけでは無いだろう。
この店の中で流れる時間は、それと気付かないほどに緩やかで
人が知らず詰めていた息を吐き出させる何かがあるのだ。
「少々お待ち下さい」
耳障りの良いマスターの声がオーダーを受ける。
決して無駄話をするわけでも無い、だけれども
話しにくい雰囲気があるわけでもないこのおそらくは青年も
この空間を形作るものの大切な一つ。
薄飴色のカウンター、落ち着いた色の本棚、
手入れの行き届いたグリーンの鉢植えたち。
奥のテーブル席で談笑する二人連れの声さえも
すっかり溶け込んでいるようで。
常連、と言えるほどに通い詰めていなくとも
例えば数ヶ月ぶりに訪れたのだとしても
まるで昨日も来たかのようにやわらかく受け入れてくれる
そんな時間が此処にはあるのだ。
「お待たせしました」
ことり、と差し出されたカップから立ち上る香りを楽しみながら
目を閉じてそれを傾ければ
感じる優しい珈琲の味に
また少し、肩から力が抜けていく。