scene 4 マスターは開店準備中 | |||
きり、とエプロンの紐を締め、マスターは手のひらで頬を軽く叩く。 カラン カウベルが音を立てる。 窓も開ければ弱い風が季節の空気をはらんで店に流れ込む。 並ぶ鉢植えの様子を見ながら水をやり、掃除用のクロスを手にする。 ゆっくりと町がざわめき始めている。 空は薄く青みがかった白から、白みを帯びた青へ。 昨日風が強かったせいで、山が綺麗に稜線を見せる。 「今日は随分乾燥しているようですね。」 小首を傾げる、そんな仕草の妙に似合うこの店の主は暫し遠く眼差しを揺らした。 空気の入れ換えを終え、窓を閉めてしまえば微かに往来を車が通るだけ。 低く音楽を流しはじめ、陶器のキャニスターを開けて豆の香りと色艶を確認する。 気温の変動が大きいこの季節は、常よりもこまめなチェックが必要だ。 やがて低いミルの音と、穏やかな苦い香りが漂い出し 朝の空気と珈琲の香しさが連なって店内を泳いでいく。 「・・・ん〜、そうですね」 予定の分の豆を挽き終えた細い指先が 今度はシルバーのダイヤルを動かしてエスプレッソマシンの調節をする。 流れる動作で極細挽きの珈琲粉をタンピングしてフィルターをセット。 暫しの後、蒸気の音がして抽出が始まれば一層香りが高くなる。 満足のいくそれが立ち上るのを確認すれば、 マスターのこころは少しばかり余所を向く。 「はい」 エスプレッソマシンが作業を終えるのに何故か一人で返事なんてして 「問題ありませんね。」 後から香るごく僅かな甘みが彼に満足の笑みを浮かべさせる。 カレンダーはまだ寒い季節を示してはいても 店の中、彼の纏う空気はいつでもほんのりと暖かい。 開店前の調整とこころの安定を兼ねたこの一杯。 店の食器棚の片隅におかれている、マスター専用のカップは 毎朝こうして役目を果たすのだ。 |
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