scene 8     休日のマスター 1    
       
       
どことなくのんびりとした日射しの注ぐ午後
通りの向こうの庇の上で、猫が丸く居眠りをしていて
「気持ち良さそうですねぇ」
マスターは目元を緩ませた。
風色珈琲店は本日はお休み。
久しぶりの休みであるのに
ぽっかりと空いてしまった午後の時間を
彼は何とはなしに持て余している。

家事のひととおりを片付けて、
ご機嫌に窓辺の椅子に腰掛けてハードカバーを手にしたのは
確かに午前中であったけれど
本を閉じてゆったりと溜息をついた頃には
疾うに昼食時間も過ぎていた。
一つのことに集中しすぎるのは悪い癖。
確かに本は面白かったのだけれど、
冷蔵庫の食材と考え合わせておいたランチは、取りやめになってしまうようで。
春キャベツとアンチョビのパスタに軽口の白ワインでも添えて、なんて
朝のうちは考えていたものなのに。
「まあ、いいですか」
パスタは夕食にしてしまおう。別段今日は予定も無いのだし。
独り暮らしも随分長い。
元来仕事の手は早いほうなのだ。
休日に家事をと思ったところで、溜まっているそれなんて数えるほど。
そう、古新聞を束ねたり、綿毛布を洗濯したり、
そんな諸々は朝のうちにやり終えてしまっている。
一番の目的であった本を読了してしまった今、
これと言ってすべきことは無くなってしまった。
さて、どうしようかと、半ばほど開けた窓から外へ彷徨わせた視線が
通りの向こうの猫を捕らえたわけで。
ちょっとだけ手を上げて
お〜い、とほんの軽く手を振ってみれば
猫は首を持ち上げて彼を見たようだったけれど
すぐに興味を失ったらしく、元の姿勢に丸くなる。
そんな如何にも猫らしい振る舞いに小さく笑って、マスターは空を見上げた。

「明日も晴れそうです。」
春空には、白い雲がほかりと漂っている。