いらっしゃいませ。風色珈琲店へようこそ。

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〜珈琲店の日常風景或いはマスターの独り言〜   
scene 10  珈琲店は五月晴れ 

少し離れた川沿いでは柳の青が風に揺れている。
季節は初夏に近い頃
袖口を二つほど折り返したマスターの白いシャツも
そろそろ少しばかり薄手の生地に変わる季節。
水出しの珈琲までにはまだ早いけれど
天気の良い日にはもう上着の心配も無い穏やかな気温。
ぱん、と一度、両の手のひらを合わせて
マスターは入り口にopenの文字を掲げた。
風色珈琲店は開店時間だ。
青葉と日射しに誘われるように
ここのところアイスのオーダーも増えてきている。
氷の欠片が時折陽光に煌めく様が
季節変わりを知らせ始めて。
市場ではもう夏花の鉢植えが出て来ていると
常連の花屋の店主が言っていた。
此処で迎えるもう幾つ目の季節になるのか
マスターは数えることもしないけれど
いつの間にかうっすらと光沢を増したカウンターや
飴色の照りを見せる窓辺には、
短くはない時間が刻まれている。
小さな裏庭で初夏のハーブもぐんぐんと成長しており、
グラスに入れた葉のひとかけらが
一服の清涼剤として重宝する日も近い。
春には春の、夏には夏の、
勿論、秋にも冬にもそれぞれに心惹かれる良さがあり
一つ一つの季節は
毎年必ず同じように巡るけれど
どれもがいつも新しくて、どれもがどこか懐かしい。
強すぎる日射しから涼を求めて
この店のカウベルを鳴らす客が増える頃は
きっともうそんなに遠くはないだろう。
手間は掛かるのにどうにも愛着のある、
水出し珈琲用のマシンの本格的な始動を前に、
そろそろ手入れをしておこうかと
クロスを手にしてマスターは、
巡る季節に思いを馳せて
カウンターで小さく笑った。