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〜珈琲店の日常風景或いはマスターの独り言〜 |
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scene 11 |
ぬくもり someone's view 2 |
自分の事をぺらぺらと話すなんて滅多に無いこと
特にこんな話では
不幸自慢になってしまうかもしれないのにもかかわらず
カウンターに行儀悪くも頬杖をついて
初めて会ったはずのマスターに
ぽつぽつと話をしている自分がなんだか可笑しくて
小さく笑えば、青年はことりと首を傾げたようで。
ふらりと立ち寄った小さな店。
別段、珈琲が飲みたかったわけでも
休憩がしたかったわけでもないけれど
本当に、ただなんとなくドアを開けたのだ。
どこかしら暢気なカウベルの丸い音と
漂う珈琲の香り、低く流れる音楽
カウンター越しに向けられたやわらかな笑顔に
初めて来た店であるというそれなりの緊張感は、
あっという間に霧散した。
「変な話をしちゃってごめんなさいね」
「いえ、・・・。」
「?」
「貴女は随分と頑張って来られたのですね」
「・・・ありがとう」
耳馴染みの良い声で落とされたマスターの言葉は
決しておざなりなものではなく
するりと彼女のこころに落ちる。
喪失感と寂しさを振り払うように
留学という形を取って過ごした3年が
長かったのか短かったのか分からないけれど
弱くあってはいけないと片意地を必死に張って
歩いて来たから
思えば誰かに『ありがとう』と、こんな風に言うなんて
本当に久しぶりなのかもしれない。
ことりとカップを置いた彼女は、
窓へとその視線を向ける。
3つのテーブルのうち、今は空いている一番奥のそれ
そこの三角窓越しを制服が通り過ぎていく。
ふと、遠い季節の図書館の匂いが
亡くした笑顔と共に蘇った。
大好きだったあの本は、
あれから頁を開いていないけれど。
「よろしければお代わりをお注ぎしましょうか?」
控えめな声に頷けば、少しの時間の後、
新しい珈琲はつぎ足されるのでは無く
白い陶器のカップごと差し替えられた。
そんなところにこのマスターの姿勢が見える。
駅からは少し離れた旧道沿いの小さな珈琲店は
人目を引く店構え、でも無いだろうに、
それなりに訪れる人は多いようだ。
それでも決して賑やかが過ぎることにならないのは
カウンター越し、穏やかな笑みを浮かべる、
この店のマスターの
人柄、なのかもしれない。
砂糖もミルクも足していない珈琲は
間違いなく苦いはずなのに
どこかほっと、微かに甘みがあって。
マイナスでは無い溜息を小さくつけば
整った顔立ちのマスターが
そっと微笑んで軽く頭を下げた。
カロン
カウベルの音が優しく響いて
また、新しい客が来たようだ。
「いらっしゃいませ」
マスターの声は何故か、どこか懐かしい。
今度はあの本を持って来ようか。
あのやわからな光の注ぐテーブルで
珈琲の香りに包まれながら、
ゆっくりと頁を捲ることにしよう。