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〜珈琲店の日常風景或いはマスターの独り言〜   
scene 13 珈琲店は日常を刻む 

強い日射しが注ぐには、まだ少しだけ間のある季節
それでも柔らさの中にも
何処か凛とした強さの片鱗を見せ始めたひかりを
窓辺のグリーンが穏やかに受けている。
丸みを帯びた小さな葉を
マスターの指先がそっと辿った。
ふ。
僅かに零れた笑みは、何を想ってか。
細い隙間から店内に流れる風が
少しだけ俯いたまっすぐな前髪を揺らして。
穏やかな笑みを浮かべたままに
ゆるりと流した彼の眼差しに答えるように
静かに静かに、時計が時を刻んでいく。
店内に流れる緩やかな旋律が静寂に寄り添い
往来を車が行く音がその向こうに小さく聞こえる。
珍しく来客の途切れた珈琲店の僅かな間
窓から見える午前中の街はゆっくりと晴れている。
つい、と三角窓から離れて
カウンターに向かう足音が暫し。
マスターの足音はその人柄と同じようにか
いつでも穏やかでありながら確かにその歩みを刻む。
過ぎない程度に調えられた店内は
規律とやすらぎが同居して、
ある一定の安定感を作り出している。
それは、誰もがこの珈琲店でそっと息をつけてしまう、
穏やかで暖かな、そしてどこかしら不思議な空間。
やがて低いミルの音と、穏やかな苦い香りが漂い出し
晴れた日の空気と珈琲の香しさが
連なって店内を泳いでいく。
まだ昼には少しある、そんな時。
マスターがカウンター越し、顔を上げるのと同時
カロン
入り口のカウベルが来客を告げた。
「いらっしゃいませ。
 今日は少しお忙しかったようですね」
「そうねぇ」
常連客と交わす短い言葉にも感じられる気遣いに
指定席の彼女が笑顔を見せた。
窓辺でふわりとグリーンが揺れて、
風色珈琲店は、今日もやわらかに時を過ごす。