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〜珈琲店の日常風景或いはマスターの独り言〜   
scene 14 旧道沿いの初夏の音 

ふと、何かが聞こえた気がして
マスターは作業の手を止めた。
やんわりと小首を傾げ、ふらりとドアを開いて
「・・・ああ」
少しの後に笑顔を浮かべる。
耳が拾ったのは、
まだ気の早い風鈴の小さな音のひとかけら。
きらり、と光にも似たその音に
近付いた季節変わりを今年も教えられる。
旧道沿いのこの通りには、昔ながらの店が多く
賑やかな駅前通りとは異なって、
外へと音を流す店なども無いからか
懐かしいささやかなこんな音だって
楽しむことが出来るのだ。
それは、時折少年のような笑顔を見せる、
通りを挟んだ向かいの書店の店主の
初夏の季節の悪戯心。
『たまにはこんなのもいいもんでしょう』
マスターよりも一回りは確実に年上であろう彼は
そう言って、少年のような目で嬉しそうに笑うのだ。
此処からでははっきりとは見えないけれど
ガラスの表面にはユーモラスな金魚の絵が
入っていると知っている。
いつだったか、音に誘われて足を止めたその時に
楽しそうに見せてくれたのだっけ。
そう思い返したマスターの口元は小さく笑みを刻み、
もうすぐの季節の初めを知らせる風に
きらりと風鈴がまた、光の音を立てた。

旧道沿いもそろそろ本格的な夏支度を始める頃。
水出し珈琲用のウォータードリッパーは
カウンターの向こうで、もう準備を終えている。