いらっしゃいませ。風色珈琲店へようこそ。

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〜珈琲店の日常風景或いはマスターの独り言〜   
scene 2  開店前の店内で 

コポコポと微かな音に乗って、珈琲の香りが揺れる。
低く流れる音楽が、穏やかにチェリーブラウンのカウンターを流れていく。
珍しくも微かなハミングがそれに加わって。
細い指先がアルコールランプに蓋をして、
ガラスの触れる小さな音。
どうやらマスターはご機嫌らしい。

準備中、のボードをかけた店内で開店前
いつもよりも少し早くに店に入った彼は一人、
新しいブレンドの確認中といったところだろうか。
状況から察するに、満足のいく出来だったようで。
「問題ないでしょう」
形の良い眉が僅かに上がり、口角が緩んだ。
三角窓からは静かに陽が射し込み始め、
少しだけ開けてあるその隙間から、
駅に向かう人なのか、往来を通る話し声が零れ聞こえる。
壁掛け時計の針は変わらずゆっくりと時を刻んでいる。

風色珈琲店には、なんとなく雰囲気に誘われて
足を向けたという客人が多いのだけれど
勿論、常連客も少なくは無い。
皆、マスターの淹れる珈琲と、この店の穏やかな空気を
求めてカウベルを鳴らすのだ。
そろそろの開店時間の暫く後には、馴染みの顔が現れる。
朝の仕事を終えた市場の帰りに一息つきに立ち寄る、
エプロン姿の花屋の店主。
彼女の好みは
酸味と苦みのバランスのクリアなアメリカンで
マスターは中挽きのミディアムローストで苦みを調節する。
週に二度ほど現れるスーツ姿の紳士は、外勤の途中。
得意先に向かう前か、或いは早々から一仕事終えたのか。
彼は強い味のエスプレッソを好むようで、
いつも十分にローストした高地の豆を
ごく細挽きで用意する。
午後になれば、通りを挟んで向かいにある書店の主人が
休憩時間に一杯を。
優しいラテが最近のお気に入りらしい彼は
今日は何を選ぶだろう。
奥のテーブルが指定席の老婦人は、
いつもの散歩の途中に。
焼き菓子が好きな彼女はいつも嬉しそうに
フォークを使うのだ。

低く流した音楽と、
やわらかく入り始めたまだ早い午前中の光。
手早くカウンター内を調えたマスターは
入り口の扉を開ける。
天気予報は、晴れ。
空は青く、乾いた風が彼の前髪を揺らして過ぎる。
「さあ、今日も頑張りますか」
入り口のボードを返して、
ギャルソンエプロンの紐を結び直し、
風色珈琲店は開店時間を迎えるのだ。