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〜珈琲店の日常風景或いはマスターの独り言〜   
scene 6  マスターと常連客 2 

「あら。お疲れ様」
マスターに声をかけたのは数軒先の女主人。
旧道沿いの店の中でも、古顔になるに違いない彼女の店は
落ち着いた佇まいのアンティークショップだ。
優しい時間の流れの垣間見える銀髪を軽く手で払い
彼女は店先の飴色の看板代わりのイーゼルを
ぱたりと畳んだ。
どうやらちょうど店じまいらしい。
開いたドアから店内の暖色の明かりが漏れている。
メッセージカードやオーナメント、
フォトスタンドにアクセサリーボックス。
たくさんのもので溢れていながらも煩くなることが無く、
どこか統制の取れた落ち着きは、
店主自身の持つ空気のせいだろうか。
「お疲れ様です。」
それぞれに一日の仕事を労う。
「もう暫くは晴れていて欲しいわね。」
「ええ」
そうひどくはないものの、数日前からしっとりと
降り続いていた冷たい雨は
今日の夕方に漸く上がった。
午後の短い休憩時間のその間に、珈琲店の店先で
ぼんやりと鉛色の空を見あげて
小さな溜息を落としていた彼の前に
買い物帰りの彼女が通りかかったのは一昨日。
尋ねることなどはしたことはないが、
どうやら彼は雨があまり得意ではないらしいと
それなりの付き合いから彼女は感じていて。
その遠くを見るようなけぶった視線を、
勿論気遣う思いはあるけれど
いつでも穏やかに笑みを浮かべるマスターの、
時折のそんな人間らしさを
ある意味気に入っていると言ってもいいかもしれない。
「そうそう、もしよかったらね」
いったん店内に戻った彼女が
ショールを肩に掛けて彼に歩み寄った。
「あなたの店にも邪魔にならないと思うんだけど」
差し出したのは、木製のペンスタンド。
葉の傘を差した小さな猫が長靴を履いて立っている。
小ぶりでありながら丁寧な細工で、
嬉し気な表情までよく見える。
流石、と言うべきか彼の好みを分かっているようで
少しばかり可愛らしいが、
珈琲店のカウンターにも丁度よさそうだ。
悪戯めいた少女のような笑顔を見せて
自分の店に戻る彼女の背中に
慌ててマスターは声を掛ける。
「・・・ありがとうございます」
「いいえ。いつも美味しい珈琲をいただいている
 ほんのお礼がわりにね」
なんだかあたたかな気持ちになって店内に戻ると彼は
手にした小さなそれに視線を落とし、
カウンターの端にそっと乗せてみる。
薄い飴色のカウンターにちょこんと立つ猫は、
やはりすんなりとそこに馴染んだ。
「明日は晴れそうですよ?」
指先で猫の持つ傘にちょっと触れて、
マスターはリネンのクロスを手に取った。
明かりを落とした店内には、
珈琲の香りがまだゆるりと流れている。